第1回
● 原子炉の中性子と向き合って 
丸山博見(理学4S 素粒子論研究室)    01JUL.2007
【(株)グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン(GNF-J)・エンジニアリングサービスセンター手法開発グループ ・チーフエンジニア 】 

 現役で活躍中の当同窓会員に、その様子を自由に語っていただこうというのが、新シリーズ『OB/OGの現場から』です。
 第1回にご登場いただいた丸山博見さんは、かつて素粒子論研究室(研究科)に所属。現在、次世代エネルギーのカギを握るといわれて久しい原子力発電に第一線で深く関わっておられます。


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 1974年に日立に入社して26年間、2000年にGE、東芝、日立のジョイントベンチャーである(株)グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパンに移って7年、一貫して原子力に関する開発研究をしてきました。

 沸騰水型原子炉の炉心設計研究、日立型ハフニウム制御棒の発案、自動制御装置のアルゴリズム開発、設計プログラム開発などです。その基礎は、所謂、原子炉物理で、原子炉内の中性子と物質の相互作用に関する物理学(工学)です。

 原子燃料であるウラン(U)は、核分裂を起こすU235と容易に核分裂を起こさないU238からなっています。U235の核分裂では平均2MeVの中性子が約2個発生します。これらの中性子は原子核との散乱を繰り返し、減速する過程で1個の中性子は炉心から漏れたり、燃料以外の物質に吸収されたりしても、残る1個の中性子が核分裂を起こし易い1eV以下に減速されて(図1参照)、再び核分裂を起こせば連鎖反応が持続します。

 この状態を「臨界」と言います。原子炉の炉心の設計は、次に新しい燃料を入れるまでの約1年間、臨界を維持しつつ、安全に、効率よく運転できる燃料配置を決めることです。設計は、計算機の上で、上述した設計プログラムを使用して行います。

 中性子の挙動は、ボルツマンの輸送方程式
 で表されます。この方程式を詳しく解説することは参考書(註*1)に譲りますが、言いたいことは、この式を解くことは簡単ではないということです。

 難しさの一つは、この式に現れる反応断面積σが、図1に示すように1eV〜数10eVに共鳴領域を有する複雑な構造を持っていることであります。もう一つは、原子炉内の構成の複雑さに起因する非均質性です。そのために上の式を数値的に解く方法を色々模索してきました。

 そのようにできた設計プログラムも、実機に適用してみると実測値とのずれ(誤差)を生じます。誤差は、ユーザーからの苦情を言われる種で辛い思いもしますが、わくわくする機会も与えてくれます。

 原子炉内で何が起こっているのか、考え落としているものは何か、データと照らして色々思い巡らし、炉内の現象と向き合える時間でもあるからです。その中から、教科書にも書いてない、自分しか知らない知見に至ること、その瞬間を味わうことがこの仕事の密かな楽しみでもあります。

 人間の知識は、現象を観察して把握し、頭の中でイメージ(自然観)を構築し、たとえば計算機で解けるようにモデル化します。条件が変わると、新たな食い違いが生じ、分析して、また新しいイメージを作り、といった繰り返しで発展していくものだと考えます。

 ですから、研究開発はそれぞれの段階で大いに悩み、それを楽しむことだと思っています。

(註*1) たとえば、平川直弘、岩崎智彦「原子炉物理入門」(東北大学出版会)



●「信州大学物理同窓会」事務局●

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