「宇宙線の風」と「宇宙天気」について
銀河宇宙線は宇宙のあらゆる方向からほぼ等方的に飛来していますが,その強度(単位時間・面積あたりに飛来する個数)にはごく僅かな非等方性(異方性)が存在します。これが「宇宙線の風」です。現在宇宙線研究室は,この「宇宙線の風」がどうして吹くのか,またそれを測って宇宙空間の様子を探れないか,をテーマに研究しています。
地球周辺の宇宙空間は,太陽磁場を伴った太陽風プラズマで満たされています。宇宙線(原子核)は正の電気を帯びているので,この太陽磁場の影響を受けます。例えば,太陽面でフレアやCMEと呼ばれる爆発現象が起こると,爆発で放出された太陽大気プラズマが約数日後に地球に衝突し,地球で観測される宇宙線の強度(個数)は劇的に変化します。
このとき,「宇宙線の風」も嵐のように吹き荒れことが判ってきました。我々は,この「宇宙線の風」を測れば,宇宙空間の天気すなわち「宇宙天気」を知ることができると考えています。これは,「台風の目」の位置や進路を,気圧だけではなくて,風向きや風の強さからも知ることが出来るのと似ています。
「宇宙線の風」を精確に測り,何時起こるとも知れない嵐に備えるには,宇宙のあらゆる方向から来る宇宙線を常時監視する必要があります。我々は世界の4箇所に検出器を設置して,グローバルなネットワーク観測を行っています(下《図1》)。このネットワークを構成する宇宙線計はミューオン計と呼ばれ,銀河宇宙線が地球大気中でハドロン相互作用を起こし,その結果生成するミューオンという粒子(レプトン)を観測します。
一方,中性子計と呼ばれる別種の検出器が50年以上前から世界各地で宇宙線観測を続けており,地上で観測される宇宙線強度の標準的データを提供しています。
宇宙線が大気中で弾性散乱した中性子を検出する中性子計に比べ,非弾性散乱(ハドロン相互作用)の二次粒子を測るミューオン計は,ひと桁近くエネルギーの高い宇宙線に感度を持ちます。このため,ミューオン計による観測結果を,直接中性子計による「標準観測」結果と比較することが,従来は困難でした。
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そこで我々は,地球磁場の影響により,宇宙線が最も地表に到達しにくい地点に中性子計を設置することを計画しました。
タイが観測地点として選ばれた理由
下《図2》に示すように,タイ上空は,宇宙線が地表に到達するのに必要な最低エネルギー(地磁気限界リジディティー)が約17GV(ギガボルト)と世界最高であり,この地点で中性子計により観測される宇宙線のエネルギーは,ミューオン計によるものと匹敵します。
我々はタイ及び米国の研究者と協力して,日本から中性子計をタイへ輸送し,この特別な地点での観測を開始しました。新観測所はタイ王室第三王女の名前をとって「Princess Sirindhorn Neutron Monitor」と名付けられ,Sirindhorn(シリントーン)王女から信州大学へ,感謝状が贈られました。
我々のネットワーク観測が目指すもう一つの目標は,「宇宙線の風」の観測データを使って『宇宙天気を予報できないか?』ということです。「予報」は的中率が高くなくてはなりませんが,「宇宙線の風」と宇宙天気の関係が良く理解できるようになれば,精確な予報を早期に出すことも可能だと考えています。
「宇宙線の風」を使った予報原理を左の《図3》に示します。太陽面爆発で放出された太陽大気(プラズマ)の塊は,太陽の強い磁場を伴って地球に向かって来ます(磁気雲)。このとき,電気を帯びた宇宙線は磁気雲で外向きに押し戻され,背後に宇宙線の少ない領域(過少域)が形成されます。もしこの領域と地球が背景の太陽磁力線でつながったとすると,過少域を出て磁力線に沿って地球に飛来する宇宙線の数は,他の方向から飛来する宇宙線より少ないはずです。その際,磁気雲はたかだか秒速1,000kmほどの速度で地球に向かって来るのに対して,エネルギーの高い宇宙線は数百倍速い光の速度(秒速300,000 km)で飛来します。
つまり,宇宙線は磁気雲を追い越し,磁気雲が地球に着く前に,メッセンジャーとして地球に情報を運んでくれるのです。我々は,実際にこうした現象を「宇宙線の風」の中に観測しており,宇宙天気予報を可能とする有望な前兆現象の一つとして注目されています。
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