第3回
●「 基 本 」
橋本 順治(理学4S 素粒子論研究室) 12DEC.2007
【日立ソフトシステムザイン株式会社 代表取締役】
当シリーズ第3回にご登場いただいた橋本順治さんの入学時は、学園闘争が吹き荒れて「東大の入試が中止」になった。その学年です。本学では素粒子論研究室に所属。現在、ソフト開発を主な業務目的とする日立ソフトシステムザイン株式会社の代表取締役としてたいへん責任の重い役職に就き、数百人規模の企業の先頭に立っておられます。「基本」とは卒業式で発せられた宮地先生のことばとか……。
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信州大学理学部物理学科の武田教授から同窓会誌への投稿のご依頼を受け、
安請け合いをしてしまったことを後悔しながら書き始めています。というのも
私が信州大学理学部物理学科に入学したのは、昭和44年(1969年)です
ので38年前になります。学生時代の話も原点として書こうとしたのですが、
情けないことに霧の向こうの景色をスケッチするようなもので、明瞭に思い出
せない部分が沢山あります。
私は現在日立ソフトの系列会社である日立ソフトシステムデザイン(株)の
社長をしております。主要業務はコンピュータソフトの開発が中心です。直接
物理知識を使う職業ではありませんが、物事をとことん突き詰めて考えるとい
う習性は、理学部物理学科で習得したものであり、この習性はコンピュータソ
フト開発では、言葉は悪いですが“飯の種”になっていると思います。
さて入学の年1969年は東大紛争の影響で東大入試が中止になった年でし
た。70年安保で学生運動真っ盛り。ご多分に漏れず松本キャンパスも占拠さ
れほとんど授業がなかったと記憶しています。入学した同じ学科の同期性は3
0名弱で、こういう状況ですのですので、クラスの同期生と親しく話すように
なったのは2年生の時からでした。
この当時物理学科は4教室だったと記憶しています。宮地先生の素粒子教室、
勝木先生の物性教室、森先生の電子教室(宇宙線の研究)、辻先生の統計教室
(強磁性の実験)です。私は4年生の時、宮地先生の素粒子教室にお世話にな
りましたが、学部の学生で素粒子論は難しく、実質は量子力学の輪講が中心で
した。ランダウ・リフシッツの量子力学を輪講したのを覚えています。この時期ゲルマンのコークモデルが実証されておらず、物理学の最先端の混沌とした
雰囲気を、充分理解できないにしろ感じたことは、非常に貴重な経験でした。
1973年の3月に卒業ですが、その時学部長をされていたのは宮地先生でした。卒業式のご挨拶をされましたが、“理学部出身者は社会に出ても原理・
原則に則って考えることで社会に貢献せよ”との激励をもって我々を送り出し
てくださいました。趣旨は「何事も基本に帰って考えよ。どうして、なぜとい
つも考えよ。」と言うことでありました。
冒頭で書きましたが、我々の従事しておりますソフトウェア開発の仕事で一番重要なのは、抽象化された概念の把握と整理です。突き詰めて考えることは
美しい設計をする上で必須条件になります。まことに的を得た激励の言葉とし
て大切にしております。
プロとしてのソフト開発はアマチュアが行うソフト開発と量と質において大きな違いがあります。量の違いを言うと、大きなソフト開発では100人単位
の人間が年単位で開発を行います。社会インフラを支える公共機関とか金融機
関のソフト開発では珍しいことではありません。こういうプロジェクトで上流
工程である要件定義や設計が大変重要になります。
ソフト開発の経験のない方に、ソフトウェアとは何かを乱暴に一口に言ってしまうと、コンピュータに対する作業指示書であると言えます。もっとわかり
やすくいうとコンピュータが行う足し算や引き算のデータ処理の方法を細部ま
で指示したものです。この細部指示書作成が100人単位で年単位の仕事にな
ります。
プロとアマの質の違いで言うと、色んな人が長い年月機能向上や補修作業の為に、この作業指示書を読んだり、加筆訂正しますが、このためには作成され
た作業指示書が理解し易いものでなくてはなりません。アマチュアが一時の楽
しみに一人で書くソフトと大きな違いがあります。
多くの人が理解できるためには下記2つの要件を満たしていることが大変重要です。
(1) 自然な機能単位で独立部分に分割されていること。
(2) 分割された独立部分は明確なルールで相互作用すること。
先ほど述べた膨大な作業指示書を、上記原理を守って作成することは「言うに安く行うに難し」です。エンジニアはどうしてこの機能分割を選んだか?
別の機能分担の方法はないのか? との問いかけを、いつも続けなくてはなり
ません。特に工程の最初に当たる設計段階での分割の良し悪しは、完成したコ
ンピュータシステムの性能を決定付けます。
当社では教育に大変力を入れています。特にプログラマーには機能単位でプ
ログラムを構造化する手法を教育しています。情報技術はデジタル機器への応
用やインターネットによる利用者の拡大でますます重要性を増して行くと思い
ますが、情報技術の中核であるソフトウェア、そしてソフトウェアの肝と言え
るものが“機能による構造化”であることは将来も変わることはないと確信し
ています。この根底にあるものが“なぜという問いかけ”なのです。
最近メタボリックシンドローム防止のため朝晩1時間程歩いております。会
社があります品川近くの勝島運河沿いを歩くことが多いのですが、夜などは東
京のなかでも星が見えます。信州の満天の星「今にも落ちて来そうな銀河を」
最近よく思い出します。
以上
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日立ソフトシステムデザイン株式会社 http://www.hitachisoft-sd.co.jp/