■フォトニック結晶及びプラズモニクス分野の研究に到るまで
宮丸 文章(理学部物理科学科助手・テラヘルツ分光研究室) 7FEB.2007
昨年(2006年)より、武田三男当同窓会事務局長の所属する信大物理科学科・テラヘルツ分光研究室に赴任されています。1999年に大阪大学大学院博士前期課程修了後、富士フイルム株式会社に2年間入社。2001年に大阪大学大学院博士後期課程に入学され2004年に同課程修了。同年に、(独)理化学研究所の基礎科学特別研究員に就かれてのちに本学に移られました。研究分野は、テラヘルツ波工学・フォトニック結晶工学です。趣味は登山。特技はロックインアンプの時定数をいじること。物理科学科に新しい風を吹き込んでくださっているようです。(信州大学物理同窓会事務局)
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ある種のレーザー光を用いて集団振動を励起
2006年4月より物理科学科に赴任いたしました宮丸と申します.簡単ではございますがこれまでの自分の経歴と研究内容に関しまして、紹介させていただきたく思います.
研究の専門分野は光物性分野です.これはさまざまな物質が光に対してどのように反応するかを調べる研究分野です.また興味深い光特性を見いだした場合、それをいかに人間の役に立つようなものに応用するかという、工学的な応用も目指しています.
このような光物性に関する研究は、学部4年生の時に研究室に配属されて以来、一貫して携わってきた研究分野です.学部・修士生時代は、半導体や半金属中に励起されるコヒーレントフォノンの特性を調べていました.
一般にフォノンというのは、固体結晶の格子振動が量子化されたものですが、通常それぞれのフォノンは個々別々に熱的に振動しています.しかし、例えば机をバンッ!とたたいたときのように、もしくは音叉を小槌でたたいたときのように、短時間のパルス的な衝撃を与えると、その物質を構成する原子は一斉に振動を初めます.つまり各フォノンの位相が揃い、巨視的な観測にかかるような格子振動になります.このような振動形態はコヒーレントフォノンと呼ばれます.
ここでコヒーレントというのは位相が揃ったという意味です.外部から与えるパルス衝撃は、フォノンの固有周波数よりも速い時間域が必要とされます.半導体や半金属に光学フォノンと呼ばれているフォノンモードは、一般に数テラヘルツという非常に高い周波数であるため、そのようなパルス衝撃を外部から与えるのは一般に難しいことです.必死で手を動かしてもそのように速く動かすことはできません.またマイクロマシンのようなメカニカルな動きも追随できない領域です.
しかしある種のレーザー光を用いることによって、超高速なパルス衝撃を与えることができます.自身の研究で用いたレーザーはフェムト秒パルスレーザーと呼ばれているものでして、数十フェムト秒という非常に短い時間のみ光が存在しているパルスレーザーです.このレーザーパルスで半導体や半金属をたたくことにより、物質内の格子は一斉に振動を初め、コヒーレントフォノンが励起されます.
このようなコヒーレントな集団振動を励起することによって、例えば、ばらばらに振動しているフォノンを巨視的な観測にかかるように位相を揃え、相転移を誘起することができる可能性が生まれてきます.
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企業に就いて、大学で学ぶ内容の大切さを知る
修士課程卒業後は企業に入社し、そこで光学機器開発の業務に携わってきました.商品としての光学機器設計は、もちろん大学の研究室における光学装置製作とは異なりますが、それを考慮しても、いかに研究室における光学装置製作がいい加減で考慮不足であったかを身にしみました.種々の光学素子の特性もあまり深く理解しないで、いわば力業で装置を作っていたことを自分自身気づいたときは、非常に衝撃的でした.
また、大学で学ぶべき内容がいかに大切であったかということも同時に思い知らされました.一見大学の学問と企業での開発で必要とされるスキルとは関連が薄いように思われ、学生時代にはその乖離性故に、大学で習う内容にはいまいち本腰が入らなかったのが実状でした.
しかし実際は、表面に現れる個別のスキルではなく、基本的なものの考え方、論理的な思考法というものが新しいものを作っていく上で最も大切だということにそのとき気づきました.
博士課程以降は、現在の主たる研究テーマであるフォトニック結晶、プラズモニクスの分野で研究を行ってきました.フォトニック結晶というのは、物質の結晶と同様の意味で用いられており、光に対する結晶です.
通常、固体結晶というのは原子が周期的に並んでおり、その周期的なポテンシャルの存在故、電子のとりえるエネルギーにバンド構造ができます.光に対しても同様な周期的ポテンシャルがあれば、光のとりえるエネルギーにバンド構造が生じ、それ故、多彩な光学特性が得られます.
フォトニック結晶の場合は、周期性がナノメートルからミクロンオーダーになりますので、従来の結晶というよりもむしろ人口構造物になります.このフォトニック結晶を金属を材料として作ると金属フォトニック結晶と呼ばれるようになりますが、この場合、光は光として存在しないで、金属中の自由電子と非常に強く相互作用をしながら新たな状態で存在するようになります.
一般に、自由電子の集団的な振る舞いをプラズモンと呼び、プラズモンと光が結合した状態をプラズモンポラリトンと呼びます.金属のように物質の内部に光がほとんど侵入しない場合は、表面のみにプラズモンポラリトンが存在できますので、金属フォトニック結晶内の新たな光の状態は、表面プラズモンポラリトンと呼ばれます.
この表面プラズモンポラリトンは、一般的な自由空間中の光とは異なった特異な特性を持っています.それ故、金属フォトニック結晶の光学特性は、他の物質で作製したフォトニック結晶とは全く異なったユニークな特性を持っており、非常に興味深い研究分野になっています.
例えば、表面プラズモンポラリトンは金属表面のごく近傍、波長よりも短い領域に局在しており、そのため強い電場の集中効果が生じます.これは光エネルギーの有効利用のみならず、非線形光学効果の増大にも寄与することができます.
さらに昨今、この表面プラズモンポラリトンの特異な性質を利用して、今までにない新たな光デバイスを作ろうとする研究分野、“プラズモニクス”がにわかに盛り上がってきていまして、ますます新しい発見や開発が期待されます.
今後もこのフォトニック結晶及びプラズモニクス分野の研究を引き続き継続する予定でして、本分野における新規現象の発見に加え、理学部ながらも新規物理現象を用いた応用開発を目指していこうと思います.
(二〇〇七年二月七日 雪深き乗鞍山中にて)