■新任挨拶〜研究紹介〜
中島美帆(理学部物理科学科助教授・磁性実験研究室) 15MAR.2006
昨秋、新進気鋭の女性物理研究者が母校・信大物理科学科に赴任されました。大阪大学出身、同大学院で学位をとられた中島美帆先生です。このたび寄稿いただくにあたって「先日のメルマガ会報(第0014号)で『初の女性教員』とご紹介いただいたのですが、正確な期間を存じ上げませんが、大阪大学名誉教授の望月和子先生が数年間、教授として在籍しておられたと思いますので、私は『2番目の女性教員』ということになりますが、個人的には、それ以外の表現でご紹介いただける研究者に一日も早くなれるよう努力して行きたいと思っております。」とのお言葉を頂戴。たいへん失礼しました。そして、是非ともよろしくお願いいたします。(信州大学物理同窓会事務局)
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昨年11月に赴任してまいりました中島美帆です。大阪生まれの大阪育ちでこれまで松本には縁がなかったのですが、信州の美しい景色や温泉やおいしい食べ物を期待して来ました。しかし赴任してすぐに冬が訪れ、寒さになれていない私は閉口しましたが、そろそろ暖かくなってきましたのであちこちに出かけるのを楽しみにしております。
さて、私の研究対象はセリウム化合物やウラン化合物の磁性や超伝導です。セリウム化合物やウラン化合物の中には重い電子系物質とよばれ電子が低温でその静止質量の約100〜1000倍 もの大きな有効質量を持ち、通常の金属とは異なる性質を示すものがあります。
この重い電子系の起源は、クーロン反発力により電子同士が互いに避けあう効果(電子相関)であり、電子が非常に動きにくくなっていると考えられます。さらにそのなかに超伝導を示す物質が発見されており、盛んに研究されている分野のひとつです。
超伝導といっても数百mK(ミリケルビン)から数K(ケルビン)のオーダーの温度でのことで、応用面で期待される高温超伝導体とはすぐには結びつきませんが、銅酸化物などでの高温超伝導との共通点は、どちらもいわゆるBCS理論にはあてはまらないということです。
後にノーベル賞をとった3人の理論家によって確立されたBCS理論は、単体金属などの超伝導を良く説明することができますが、重い電子系物質ではその強い相関のために超伝導を担う電子対(クーパー対)が形成されることは難しく、BCS理論では説明できません。
これらは異方的超伝導と呼ばれており、電子がクーパー対を作る機構が、BCS理論で提案されているようなフォノン(格子振動)を媒介にするものではなく、磁性に関係するものであることが分かってきています。異方的超伝導以前では、超伝導と磁性は互いに相反する現象だと思われてきましたが、今では両者は密接な関係があると考えられています。
さらに、あるセリウム化合物やウラン化合物の中に、高い圧力をかけ磁性を消失させてやると、磁性が消える圧力(臨界圧力)近傍で超伝導が出現する物質があります。圧力によって原子間距離を縮めると電子相関を人工的に変えてやることになります。それによって重い電子系でなかった物質が重い電子系になり、さらに超伝導が出現するのです。
このように圧力によって超伝導を示す物質、すなわち圧力誘起超伝導体は、測定が難しい高圧下、さらに低温で起こることもあって、それほど多くは見つかっていません。そのような背景で、私は博士課程に入学当時から新しい圧力誘起超伝導体の発見を目標に研究を始め、いままでにCeNiGe3およCe2Ni3Ge5という物質で圧力誘起超伝導を発見しています。
ここで「高圧」とはどれくらいの高い圧力なのかといいますと、たとえば前述のCe2Ni3Ge5では、2.6 GPa(ギガパスカル )という圧力で超伝導を示します。1 GPaは約1万気圧です。地球の中心部は約360 GPaといわれていますから、もちろんそれには及びませんが、 世界一深い海底で約0.1 GPaほどですので、1 GPaでも実生活からは想像出来ないほど大きい圧力です。
高圧を発生させて物性を測定するという実験では、高圧発生装置はある程度小さくなければ冷凍機に取り付けることができませんし、加圧される空間の体積が小さいほど加えた力に対する圧力効率がよくなるので、必然的に扱うサンプルは非常に小さくせねばならず、長さで約1 mm弱といったところです。
このように小さなサンプルに、慎重に端子を付け、圧力をかける作業は、慣れていても毎回寿命が縮むような思いをします。やっと測定までこぎつけても、低温にすると断線したり、圧力容器が割れてしまったりすることもあり、根気と忍耐(とすこしの度胸)の要る実験ですが、実験が成功したときの喜びは大きいものです。
これから信州大の学生の皆さんとも、このような喜びを分け合えるように、ともに楽しく勉強し、さらに新しい研究の方向を切り開いていきたいと思っています。