第6回
● 原子核物理の成果の平和利用に向けて 
大塚 直彦(理学24S 素粒子研究室) 14AUG.2008
【国際原子力機関(IAEA)原子核科学・応用局 核データ分析官】 

 高校時代は生物部、信州大学理学部には地質で入り物理で卒業。趣味はチェンバロやオルガンの演奏から旅行、山歩き、スキー・・・と、とにかく幅の広さを感じさせる大塚さん。その職場も、国際色豊かな国際原子力機関(IAEA)です。「核の番人」ともいわれ、核拡散防止の任務にあたるIAEAの本部はオーストリアのウィーンにありますが、この大きな建物の家賃はたったの1シリングとか。お仕事の実態などについて綴っていただきました。

 * * * * * * * * * * * * * * 

 私は1989年に信大に入学しました。最初の2年間を地質学科で過ごしてから、物理学科に転学科し、4年生の時には素粒子研に配属されました。その後、博士後期課程(とスキー場)がある北大に進学し原子核理論に関わることになり ました。同じ北大の素研に落っこちたからです。僕が修士の頃は寺澤さんが学位取得のた めに北大に時々見えられていました。

 先生のセミナーが終わってから札幌駅の 地下のビアホールにご一緒させていただき、稚内行の急行に乗られる先生を見 送ってから下宿に帰ったのも今となっては良い思い出です。

 さて、本シリーズ第1回「原子炉の中性子と向き合って」で、原子炉内の中性子を追う方程式に、中性子の原子核に対する反応断面積 (あるエネルギーを もつ一つの中性子の一つの原子核に対する反応の度合いを示す物理量)の知識が 必要であることを丸山博見さんがお書きになりました。反応断面積をはじめとする原子核の性質とその相互作用に関するデータ(核データ)は、原子力はもとより 医療など幅広い応用分野を持つ基礎データです。

 また、宇宙の元素生成過程を 原子核物理の側面から研究する分野(宇宙核物理学)でも、この核データの知見が欠かせません。元素生成では短寿命の原子核が重要な役割を果たしますが、 理研を中心とする我が国の短寿命核の実験技術は世界でもトップレベルにあり、 我が国の核データ分野が、今後大きく元素生成過程の解明に寄与することが期 待されています。

 核データを第一原理から精度良く計算するのは現状では難しいため、まずは 加速器や原子炉などでデータを測定し、蓄積された実験データを核理論や統計 の知識により内外挿して得た評価済データが利用に供されます。そのため、過 去に蓄積の中から必要な実験データをいつでも取り出せるようにしておくこと が重要となります。

 核データの測定には大がかりな装置と運転費用を必要とす るものが多く、また自然に存在しない標的物質は非常に高価ですので、必要の 都度測るというわけにはいきません。そこで、各国が測定した核データを共通 の規則に基づいて電子化し互いに融通する、という取りきめが、東西冷戦の時代から40年以上に渡りIAEAの管理下で実施されてきました。

 私は学位取得後、 北大と原研で合わせて7年間、実験データの蓄積とその評価に関わり、その結果としてこの(2008年)2月にウィーンにあるIAEA本部に転出することとなったものです。チロルをはじめスキーや山歩きのサイトに恵まれたこの国で核物理出身ならではの仕事ができるようになったのは幸運なことでした。

 汎用の核データベースは用途の多様さゆえ非常に広い対象を持ちます。入射 エネルギーは熱中性子を下限として10桁以上に及び、原子核と衝突する入射粒 子も陽子・中性子・原子核・光子と多岐にわたります。物理量も断面積、微分 断面積、偏極量など様々です。

 これらのデータをそれを説明する必要十分な論文情報とともに電子化するためには、物理量や誤差の定義、測定法などを論文から読 み取る必要があり、ここに核物理の研究者が電子化に関わる理由があります。 私の現在の主な仕事は、各国から送られてくるデータファイルの妥当性を原論 文を参照しながら査読すること、また原子核実験の動向に応じて、収集の方針 や規則を見直すことです。

 各国の担当者には頑固な人も多く説得に苦労するこ とも多いのですが、そのような議論から学ぶことも多いやりがいある仕事です。

 データベースは最新の成果の蓄積を継続してその価値が持続します。昨今のように、短期で成果がでる課題に集中的に投資がされる日本でこの種の事業を 継続するのは難しく、30年来継続されてきた日本からのデータ送信も極めて危 うい状況です。今の職場に移り日本のデータだけを扱う立場ではなくなりまし たが、欧米に並ぶデータ測定拠点である日本の成果が世界の研究者や技術者に 平和利用されるよう、今後ともサポートを続けたいと思っています。

 また、同窓生の皆さんがウィーンにお越しの際には、どなた様もぜひご一報ください。学部生・大学院生の皆さんの実習生としての来訪も歓迎します。(IAEAの核データ事業については下記WEBサイト をご覧ください。)

                         以上

● 関連WEBサイト ●
IAEAの核データ事業(大塚さんが所属するセクション)
http://www-nds.iaea.org/




●「信州大学物理同窓会」事務局●

◎ご質問・ご連絡はメールまで。