■ 退職記念パーティーへのメッセージ
安江 新一 (元信州大学理学部物理科学科・宇宙線物理学講座
/長野県松本市在住) 14JUN.2008
安江先生は、1967年に本学に赴任されて以来、実に41年間の研究・教育活動を終えてこの(2008年)3月に退職されました。6月14日には、多くの教え子や同僚先輩の先生方が集まって盛大に送別会が催されました。この会に寄せられた、満感の思いがこもった先生の原稿をご紹介いたします。
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本日は皆さんお忙しい中、遠方からも、このパーティーにお集まりいただきまして、誠に有難うございます。また、このようなパーティーを企画、実現していただきました宗像先生はじめ、スタッフの皆さんに厚くお礼申し上げます。
私は、この3月末日をもちまして、信州大学を定年退職いたしました。
振り返ってみますと、今から41年前、1967年(昭和42年)に信州大学理学部に助手として赴任してきました当時は、森覚先生、鷺坂修二先生と、教養部の一之瀬匡興先生が宇宙線グループを構成しておられ、地下の宇宙線観測をスタートさせる準備をしておられました。私もそこに加わって、テレメータによるデータ伝送を手掛けたり、出現して間もないデジタルICやマイクロプロセッサを用いて、データ処理システムや計数記録装置の製作を担当したり致しました。
地下観測所は三郷から松代へと展開し、宗像先生が来られてからはオーストラリアのライアポータへと国際的に拡がり、更に地下だけでなく、地上の多方向ミューオン計のグローバルネットワークの構築へと、この7、8年の間に大きく発展してまいりました。宗像先生の卓越したリーダーシップと相まって、信州大学宇宙線グループは国際的にも重要な役割を担うようになっています。
私は最近の6、7年間はVHDLとFPGAを用いて、ミューオン計の計数記録装置を製作する仕事を主に担当して参りましたが、そのグローバルネットワークの構築に、タイミング良く何がしかの貢献をすることが出来たことは幸運だったと思っております。
2年前に理学部から全学教育機構に移りまして、教養科目も担当することになりました。その準備の中でビッグバン宇宙論の勉強をしたのも楽しい思い出になりました。
定年退職後は、全学教育機構の非常勤講師と、理学部の教育特認教授として、週に2日、大学に通っています。そのかたわら、町会の役員の仕事も引き受けることになりまして、現在、結構、忙しい毎日を送っております。
大学を取り巻く環境は、独立行政法人化に伴って厳しさを増しているように思われますが、卒業生の皆さんにはこれからも母校を暖かく見守って頂きたいと思います。
最後になりましたが、本日ここにお集まりいただいた皆さんの今後のより一層のご活躍とご発展を祈念いたしまして、お礼の言葉に代えさせていただきます。有難うございました。